研究生入所式

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令和8年度 研究生入所式(5月1日)



研究生入所式_R8 金光教教学研究所では、次代を担う研究者の育成と、新たな研究動向が生み出されていくことを願って、研究生制度を設けている。このたび田邉都(愛知・金城)が研究生に委嘱され、入所式が同所で行われた。
 式では、大林浩治所長が次のようにあいさつした。
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今年度、田邉都さんを研究生として迎えることができた。本日5月1日は、研究所にとって新年度の研究活動を開始する日であり、その日に新たなメンバーを迎えられることを何よりもうれしく思う。
 これから田邉さんには、研究生として6ヶ月の間、自ら研究課題を立て、その成果を論文にして発表するという研究者への道を歩むための準備期間を過ごしていただくことになる。そこで、レポートや論文に取り組む際にぶつかるであろう問題について、少し述べてみたい。それは、まず何を書くかという課題を見極める際に、その課題がどれだけ意味あることなのかと考えた途端、あやふやな気分に襲われ、書けなくなってしまう、そんな問題である。
 この「書けない」心理的背景を考える上で、最近目にした『高校生のための文章読本』(筑摩書房)の一節が参考になった。同書は、愛知県立小牧工業高校の国語科教員が「学生に自分の心を自分の言葉で語る」ようになってほしいと願って編まれたものだ。その中で、レポートや論文を書く際につまずく件として次の2つが挙げられている。1つ目は、「自分が今書こうとする内容そのものに、本人自身があまり価値を認めていない」こと。2つ目は、「文章の形式や規範への抵抗感」であり、「書く前からそれが重苦しい気分となってのしかかってくる」という問題である。
 こうした感覚は、研究を志す人に少なからず当てはまるものではないか。例えば、研究者が自身の課題について、過去の研究成果を引き合いに出し、「検討の余地が残される」と書くとき、扱いたいことをはっきりと言い表せない自信のなさから生じる後ろめたさがあるのではなかろうか。また、「書く前からの抵抗感」で言えば、先行研究に沿って書き始めるような物言い、あるいは、人前で教話をする際に何か踏まえねばならない型に従って語らされているような感覚。これらも、根は同じところにあるのではないだろうか。
 とはいえ、そうしたことばを巡る問題を踏まえてもなお、研究において大切なのは、自分からの出発でなければならないということである。研究課題は向こうから自分のもとへ届けられ、他の誰でもなく、自分に問い掛けるようにしてやってくるものだ。そしてその課題は、自分の関心だけで済ますのではなく、他の人にも深く考えてもらえるように表現することを求めてくる。
 そうして研究課題と向き合うとき、初めてその人の目の前にその人だけの道が現れる。そこでふと気付かされるだろう。その道を歩むことを、何より研究課題が、そして本教の信心が願っていたということに。
 これからの6ヶ月、限られた時間ではあるが、歩み出すべき道の感触をつかみ、その片鱗でも見えてくるようにと願っている。
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 続いて、研究生が抱負を述べ、担当の指導所員が発表された。 なお、研究生は10月31日まで実習に取り組む。
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